わたしがわたしへ贈るしあわせレシピ

日々の感じたこと・思ったことを書きつらねています

よもやま話(その時感じたこと・思ったことをつらつらと)95

 

 

上司から宿題を出された。期限までに終わりそうもなく、持ち帰ってきた。ひとりでじっくり考えながらゆっくりこなそう。

 

 

わたしと周りは、それぞれ異なるものさしで生きている。それが腑に落ちたら、色々なことが手放せるようになった。とはいえ、細胞の隅々までに行き渡るまでに時間がかかる。すぐに忘れてしまって事あるたびに感情を揺らす。が、一旦気づけば自分を落ち着かせることができるようになってきた。

 

 

大体のことは「ものさしが違う」で済ませられるので、楽だ。誰かの言動に不安になり、勝手に想像を膨らましたとしても、それはわたしが自分のものさしで相手を見ているからだとわかればそこで止められる。ものさしの違いがほんの少し、ようやくわかってきたように感じる。

 

 

難しい。けど少しずつ取り組めば、成果は出る。続けるのみ。後ろ向きに考える癖は、自分の危機を回避しようとする生存本能かもしれない。生存戦略もまた人それぞれで。誰かに同調して切り抜ける、自分で選択する、どれもその人のあり方によるもの。

 

 

わたしの中の点が線になりつつある。大丈夫。このまま進もうってもうひとりのわたしが言う。こうして気づけたのは、とあるサイトの記事だった。その記事を目にしたのは2回目で、遭遇したのはきっとわたしに必要だったからなのだろうと意味づける。内容をよく咀嚼すれば、比喩・表現が違うだけで本質はそういうことだと理解した。

 

 

今日が祝日で良かった。こうして自分と向き合う時間が取れた。朝も夜も向き合う時間を確保するけど、いつだってその時間は必要で。PCに向かって考えながら文字を打ち込むことで気づくことも多い。お風呂に入りながらわかることもあるし、歩きながらなこともある。

 

 

わたしの中の道理を紐解いていけば、わたしの道が拓ける。雑草や岩だらけだけど、わたしが通ればそこは道になっている。こうしてわたしは進んでいくのだなと納得する。まっすぐ均された道ではない。その道は選べないし選ばない。選んだとしても、途中で逸れていくだろう。

 

 

わたしの道はわたしだけが進める。わたしの道があるように周りにもそれぞれの道がある。今日はそれらをじっくり身に染み込ませるのが課題なのかもしれない。宿題と一緒に取り組もう。その前に朝ごはんだ。手の込んだものよりシンプルな味付けのものがホッとする。

 

 

では、今日を満喫しましょうか。わたしがわたしの望むものを与えて、ドロドロに甘やかすのだ。