わたしがわたしへ贈るしあわせレシピ

日々の感じたこと・思ったことを書きつらねています

よもやま話(その時感じたこと・思ったことをつらつらと)120

 

 

このところ朝晩がひんやりして、羽織ものが活躍している。過ごしやすくてとても気分が良い。涼しくなり始めた頃は、昼間の眠気が強かった。蒸し暑さがなくなった分、ストレスが減った反動な気がする。それだけわたしのカラダにとって快適な時期なのだろう。

 

 

だからこそゆっくりカラダを休めて調整することが必要。週末はいつも自分を整える時間だし、何か特別なことをするわけでもないけど。無理はしない。ゆっくりペースで。3連休ありがたい。天気は下り坂のようだけど、その分カラダの緊張もダウンする。

 

 

温かい飲み物を片手にいつものように小説読んで、眠くなったら少し眠って。そんな1日が過ごせることがありがたい。

 

 

人には色んな顔がある。仕事で見せる顔、家族に見せる顔、誰も居ないときの顔、特定の人に見せる顔…。だからわたしが見ているものは、その人の一部であってすべてではない。他の人から見るわたしも然り。

 

 

だが時に、自分の目に見えるものがその人のすべてであると思い込み、訂正が効かない状態になることもある。本人にとってはそれが事実でも、周りはそうでないと認識しづらい状況で、自分の正義を通そうとしている。自己防衛が強いというのか。一体何を恐れているのか。

 

 

それが行き過ぎて、誰かを排除させるつもりが、却って己が排除される状況を作る。本人は、周りのせいだと思っている。悪循環だなぁ。まぁ、本人が作った状況だし、それをどうするかは本人が決めること。本人の現状を本人が認識しない限り、場所が変わっても同じことを繰り返すだろう。それも本人の課題だ。

 

 

わたしはどうしたいか、といえば、秩序を取り戻したいし、そのために行動している。ホメオスタシス(恒常性)が働いているといえばいいのか。仕事の流れがスムーズになるように残業したり休日出勤したり。乱された秩序のしわ寄せをわたしが引き受ける必要はないかもしれない。

 

 

だが。顧客には影響が少ないようにしたい。それは会社にとって当然のことだと思う。それにわたしがしたくてしている。どんな職場であれ、顧客がいる以上、真摯に仕事に努めるのは当然だと認識している。また、仕事が溜まったままでいるのが気持ち悪いし、いつまでも抱えていたくはないのだ。次が控えているのだし。

 

 

その分、自分の時間は充実させる。美味しいものを食べたり、お風呂にゆっくり浸かったり、ゴロゴロしたり。掃除して片付けて、過ごしやす部屋を作ったり。文句を言っている時間があったらこちらにシフトする。だってもったいないもの。