わたしがわたしへ贈るしあわせレシピ

日々の感じたこと・思ったことを書きつらねています

よもやま話(その時感じたこと・思ったことをつらつらと)134

 

 

初詣に行ってきた。行列ができる三が日を避けたが思ったより参拝客がいた。昨年はお守りは買わなかったが、一昨年と同じものを今回は買った。その神社は正月限定デザインのお守りなど趣向を凝らしていて商魂たくましいというか商売上手だなといつも思う。それだけ加護が篤いのかもしれない。

 

 

ある本屋が閉店するのを知って最後に行ってこようと初詣のあとに足を運んだ。店頭に貼り紙があり閉店後、別の書店に引き継がれるようなことが記載されていた。あまり行かなくなったけど、残るのはありがたい。本屋は落ち着く。たくさんの本が並べてあって選ぶのは大変で、だがゆっくり見て回るのが好きだ。誰にも邪魔されず静かに好きなように見て、手にとってパラパラと中身を見ることができると尚いい。店内に椅子があったらずっと居座ってしまうだろう。

 

 

この年末年始はほとんど外出せず読書三昧だった。運動不足もいいところである。そうなるように自分で仕向けた。インプットばかりでそろそろアウトプットも必要かもしれないと漸く思い至ったがそれは後付の理由。きっかけは気に入るものがないなら自分で作ればいいと考えたことだ。どうやって作ればいいのか検索しているうちに辿り着いたものに興味を惹かれ、さらにあれこれ情報を集めた。

 

 

そのうちに色々とアイデアが浮かんできて、あれもできるかも、こういうものがあればいいかも、と想像が広がった。熱に浮かさたとも言う。その一方で、熱しやすく冷めやすいわたしに続くだろうか?という考えがよぎる。時間が経つとそれを補うかのように費用のことや飽きっぽさが気になりだしてやらない理由を探し始めた。それでもやってみたいと思うなら一度やってみたらいいという結論がでたので、それは一晩置いた。

 

 

翌朝になって、一旦やってみようと改めて思った。続くかどうかわからないから最低限のものだけ揃えて、まずは作ってみること。それで飽きるならOK、続くならOK。「続かない」と無意識にだけど強く思うなら、その通りになるだろう。これまで続かなかったものの多くは、続けたくないという無意識の思いが現れただけ。趣味であろうと仕事であろうと。

 

 

先日、セルフでヒプノセラピーをやってみた。と言っても知識も経験もないので「なんちゃって」だが。誘導に従って催眠状態に入ったのかよくわからないが、とめどなく涙が溢れた。悲しいとか苦しいとか嬉しいといった感情とは関係なくただ涙が流れる。あとはひたすら青色のイメージだけ。過去にヒプノセラピーを扱う人にさわりだけ体験させてもらったことがあり、その時も涙が自然と出てきたと思い出した。

 

 

別の日に別の誘導で同じようにやってみたが、夢の入口に入ってしまい誘導とは異なる方向に行ってしまったので中断した。興味本位でやってみただけだが、たまに自分のメンテナンスとして行うにはいいと思った。強いて言えばリラックスした状態になりたいだけで、特に深刻な悩みや困りごとはないので直接セラピストを頼る必要がない。リラックスする、自分を緩める手段はたくさんあったほうが助かる、それだけである。

 

 

前述のやってみたいこともだが、セルフのヒプノセラピーもわたしの好奇心によるものだ。どんな結果であろうとやってみるだけでそれは経験値になる。