わたしがわたしへ贈るしあわせレシピ

日々の感じたこと・思ったことを書きつらねています

よもやま話(その時感じたこと・思ったことをつらつらと)74

 

 

職場で使用している自前のワイヤレスマウスを落としてしまい、使用感を損なってしまった。クリックするときの感触が戻らないし、反応も悪くなってしまった。まぁ、落とした自分がいけないのだが。元の付属していた有線マウスを引っ張り出して使用するが、有線が煩わしい。

 

 

やっぱりワイヤレスがいいな。と思い、あれこれ見た末に買ってきた。同じものがなく、再購入ができなかったので、違うメーカーのものにした。月曜日から早速使うのだ。

 

 

 

大事な打ち合わせに許可なく同席した者が居た。何を以て同席できると思っているのか解せないが、本人はそれがゆるされる立場なのだと認識しているのだろう。が。同時にわたしは、それを諌めることをしなかった。確証がないものに立ち向かうのを恐れた。

 

 

 

それと、情報を漏洩した者への不信感。相手と個人的なつながりがあっても、仕事として引き受けている以上、互いに線引きをしてほしいと思うのはわたしの傲慢だろうか。だが、この1件でわたしの相手への人間的信頼度はだいぶ下がってしまった。

 

 

 

打ち合わせ相手に対する居丈高な態度も、わたしの心証を害した。今後、継続して何かをお願いしたいという気にはならない。仕事の内容そのものより、そういった姿勢ひとつで相手からの信頼を己で損なうこともあるのだと教わった。

 

 

 

しかしながら、その人に打ち合わせに同席を頼んだのはわたしで、自分の行いの結果でもある。期待したのは、わたし。それにどう応えるかどうかは相手次第だ。それを思うと、これは自分の失策である。(同時に相手の失策でもある。ただし、わたしの視点なので、相手はそのように認識しているとは限らない。)

 

 

 

池に投げた小石は大きな波紋となって広がる。わたし以上に感情を揺らしている者が数人。周りに与えた影響は大きい。その結果を引き受けるのは、それぞれで。でもそれを面白いと思うわたしがいる。当事者であるが、それを傍観するわたしもいるのだ。

 

 

 

次の打ち合わせにもできれば同席したい、情報は流さないとの申し出だが、ぜひともご遠慮いただきたいと心から思う。たった1度の行為で、あっという間に信頼は損なわれるのだ。以前、接遇の研修で講師が言っていたのはこういうことなのだろう。

 

 

 

日々の積み重ねが崩れるのは一瞬で。だがそれは、誰にとってなのか?が重要かもしれない。