わたしがわたしへ贈るしあわせレシピ

日々の感じたこと・思ったことを書きつらねています

見えない仕切り、受け容れられないもの、望むもの

 

 

雨ザーザーでようやく台風14号が近づいていると知ったわたし。進路にも興味がなかったですがちょっとムシっとした空気が台風を実感させます。

 

 

 

さて本題。
チームの指針とか、研修とか提案したら上司に窘められました。ダメとは言われないけれど、メンバーそれぞれの背景や事情を考慮しなさい、均一にならそうとするのは却って和を乱すというような内容でした。

 

 

 

 

いや…。均一にするのではなく、メンバーそれぞれを活かすためにそれをしたいんだっていうのが伝わらなくて。わたしの伝え方が不十分なのだな。目指したいところは近いのに見えない仕切りが上司との間にあるように感じます。

 

 

 

 

いつもそう。何かを話して、上司から返ってくる言葉の内容は、わたしが提案している本質と同じなのに、それが伝わらなくて。それに少し疲れてしまった。

 

 

 

 

上司がこれまでこの職場でどのような経験をしてきたのか知るよしもないですが、話の内容から、意に添わなかったスタッフへの経営者の対応が、上司のココロを傷めるようなものなのだと察します。

 

 

 

 

すべて自分のせいにしろ、そうでないと守ってあげられないからって。今、こうして仕事ができるのは、上司のそういう対応のお蔭なのだとありがたいと同時に悲しく感じました。わたしにとって大切なのは自分の足で立って進むこと。守られないと自分の足で立っていられないなんて、わたしの中では自分の足で立っていることにはならないのです。

 

 

 

 

何が上司にそうさせるのかわたしにはわかりません。でも、いっそこの組織を壊してしまおうかと思うくらい、悲しい。守られたい人も中にはいる。安全なところに居たいのは当然のことだから。だからわたしのわがままで組織を壊すことはできないし、上司も望んでいないことだと思う。

 

 

 

 

会社も働く人も守りたくて、守護者であろうとしているから。そしてわたしは守られるより自分の足で立っていたい。ただの違いなのに、遠く感じる…。わたしが組織に馴染めないのはこういうところかも知れない。人の世って難しい。あちらを立てればこちらが立たず。

 

 

 

 

わたしが思っている以上に経営者が絶対的君主で、周りもそう扱っている。働く人は自覚の有無に関わらず、都合の良いロボットか道具か。その中でどこまでわたしがやっていけるか、でもそろそろ潮時を見据えておこうと思います。

 

 

 

 

言いなりになっていれば安全で安心な生活が確保できるのでしょう。でも、わたしは意を曲げてまでそれをしようとは思わなくて。周りからすれば、自ら荒波の中へ行くような向こう見ずのように見えるかもしれません。それでもわたしは自分の足で立っていたい。

 

 

 

 

どんなにしんどくても、打ちのめされても。そうすることが、これまでわたしに手を差し伸べてくださったすべてに恩返しすることなのです。わたしにとってはね。